10年
28日から通販業務をお休みしてすみませんでした。
その間、福島に行ってきました。
というのも、来月に新たに家族が増える予定で、
里帰り出産のため、妻の実家に行っておりました。
妻と娘を預けて、僕は仕事があるので一人で埼玉に帰ってきて、
その帰りの道中、一人で高速を走りながら、
あれこれと色々なことを考えるわけです。
結構昔のことなんかを思い出したりして。
10年。
なんとなく「一区切り」という感覚を覚えるもので
(ブランドについてのそれはやはり13年ですが)、
ふと10年前を思いながら、車を走らせた。
10年前。。。まだ20代半ば。
ちょうど色々なことがありすぎた年だった。
そして、今の自分が始まったと言っても過言ではない時間だったと思う。
それまでの自分は、今思えばただなんとなくで生きていたように思う。
SABBAT13を始めてはいたし、それに対しての情熱は確かにあったが、
それでどうなりたいとか、漠然とは思っていたものの、
はっきりとしたビジョンもなく、大きな理想をぼんやり思っていた。
「気持ち」はあるけど、それを支える何か大切なものというか、
「信念」が欠けていた。
柱がなけりゃ家も建たない、土台もなければその柱すら立たない。
そんな感じだった。
「なんのためにSABBAT13をやっているんだっけ」
そんな思いが生まれて、それに悩まされた。
今思えば実に小さく、自分としては情けないほど、
「悩み」などそんな大層なものではなかった(苦笑)
しかし当時の自分にとっては、なかなか大変なことだった。
とあるバンドとの出会いがきっかけで、
少しブランド名が知られ始めて、それまでよりも多くの人が見てくれるようになって、
それはとてもとても有り難く、嬉しいことだったが、
期待されることにしっかり応えていけるだろうかという不安も同時に感じた。
そう。僕はプレッシャーに弱い。ついでにメンタルも(苦笑)
そういう時に一人でやっているとうのは少々苦しいもので、
同じ立場で相談できる人がいなかった。
先輩方にも相談しづらく、一人で抱え込んでしまったのが
そもそもの間違いだったんだろう。
そのまま悩み続けて、まんまと鬱と診断されるに至った。
そんな時に出会った言葉は
「友達と仲間は違う」
という言葉。
その定義ははっきり決められているものでもないし、
ここでどうこう言うつもりはないけど、
友達ではない「仲間」。。。僕にはそう思える人は当時思い当たらなかった。
仲間が欲しくなった。
かといって、漫画のように仲間探しの旅に出るなんてことはしなかったが、
それまでの友人、その後できた友人には、ちょっとそんな意識を持ちながら
接するように自然となっていった。それは今でもそうだけど。
誰かに取っても自分は「仲間」でありたいとも思うようになった。
思えば、それが鬱を脱却する大きなきっかけだったと思う。
そうしているうちに自然と「仲間」と思える人間に出会えた。
彼に対しては今でも恩人と思っている。
初めて会ったのは10年前の年末頃。
向こうはSABBAT13のことも、僕のことも知っていて、
声をかけられて、少し話をして、後日飲みに行く約束をさせられた。
なかなか強引なやつだった。笑
しかし、嫌な気は全くしなかった。
そして年明けの1月3日(偶然にも13w)に改めて会い、
あれこれと話をした。
最初は気を遣いながらの会話だったと思うが、
気づけば僕は自分の悩みをぶちまけていた。
彼はそうするつもりもなかったんだろうけど、
自然とそうさせてくれてしまう、どこか不思議なやつだったんだと思う。
初めて他人にあんなに自分の心のうちを曝け出した。
ただ話を聞いてくれるだけではなく、意見を沢山くれた。
ほぼ初対面のくせにw やはり強引でイケイケなやつだったwww
ただそれがとても気持ちが良かった。
自分も彼のために何かできることがあればしてあげたい。
これが僕にとっての仲間の感覚であり、
そう思える初めての「仲間」だった。
類は友を呼ぶとはよく言ったもので、
しばらく経ってから、彼の仲間を紹介してくれた。
それがきっかけで今では仲間と思える人も増えた。
普段は照れくさくて「仲間だ」なんて言えなかったりもするけど、
俺はいつもそう思っている。
ただ、なかなかうまく行動に移せなかったり、
力になれずにいるのは悔しく、申し訳ないところである。
そんな仲間が大切になった。
仲間が見てくれていると思うととても心強かった。
こいつらにいいとこ見せようという気持ちが、
いつしかSABBAT13を続ける理由になっていって、
それはもちろん今でも。
一人でやっているけど、独りじゃなく思える。
感謝です。ありがとう。
またしばらくして、自分にとってはまさかの結婚という
人生の一大イベントがこの10年のうちに起こった。
結婚願望はさほどなく、それよりも好きなことをやって
一度きりの人生をなるべく楽しくしたいと思っていたし、
SABBAT13が自分の全てだとすら思っていたのに。。。
本当に人生とは何が起こるかわからないものだ。
仲間とは別にまた大切なものができた。
ありがたいことに、子どもまで授かり、
こんな俺でもパパと呼んでくれる。
俺でも家族をもたせてもらえた。
この「大切」もSABBAT13を支えるものである。
Familyの語源(?)は
F=father
and
M=mother
ILY=I Love Youの頭文字
という話を聞いたことがある(ステキ!)。
僕は夫として父親として、家族を守りたい。
ここ最近はとにかく家族が大切で仕方がない。
家族がこれほどまでに大切なものかと、実感しまくっている。
妻とはまぁ仲はいいほうだとは思うが、もちろん喧嘩もする。
めちゃくちゃムカつくことも多々ある。
多少の不満もある。けど、どうやっても大切だ。
一番近くにいてくれるから、なんか気恥ずかしくて
素直に感謝の気持ちも伝えられなかったりするが、いつも感謝している。
妻無くして俺は生きれる自信がなくなってしまった。
(恥ずかしすぎるので妻がこのブログを見ないことを願う(猛爆)
娘は言うまでもなく可愛い。
俺は毎日キュンキュンしている。
これから生まれてくる子もすでに可愛い。
お腹の中で暴れまくっているようで、妻は毎日苦しそうだがw
とにかく元気に生まれてきてくれることを願い、
先日の七夕では短冊にも書いた。2枚くらい。
守るものがあるというのは強くもなれるが、
時に臆病になることもある。
家族が傷ついたり、大変な思いをしたり、
失うことになるとしたら。。。と考えると怖い。
そんな弱気が仕事に影響することもある。
良くないとはわかっていながらも、
臆病な自分に負けてしまうこともあった。
しかし、それでは何も変わらない。
その方がよっぽど家族に迷惑をかける可能性もあるから、
最近はちょっとずつ変わろうと意識するようになった。
家族を言い訳にするのではなく、
「いい理由」にしたいと上手いことを考えてみたw
これは最近自分の年齢を考えてみて、
このままじゃまずいなと思ったこともある。
30半ばになると時間の経過が早く感じる。
これまでの10年と、この先の10年ではスピード感が全く違う気がするし、
これから自分は老いる一方で、仕事をしたくてもできなくなる可能性だってある。
そう思ったら結構焦ってきた。
この感じで行くと人生はあっという間だ。
残りの時間を自分のため、仲間のため、
そして家族のために最大限に生きたい。
10年前はこんなことは思わなかった。
いつ終わっても受け入れられると思っていたけど、
今はそんなことは全く思わない。
生きたい。
生きていて良かったと、この歳になって心底思う。
沢山の大切のおかげだ。
僕が生きる理由をもってくれている家族、仲間達、そして皆様に感謝。
そんなことを考えながらの東北道でした。
また10年後、何を思うかを楽しみに、
現在をここに書き留めておきます。
SABBAT13と全く関係のない文章でスミマセン。
ショウタロウ
その間、福島に行ってきました。
というのも、来月に新たに家族が増える予定で、
里帰り出産のため、妻の実家に行っておりました。
妻と娘を預けて、僕は仕事があるので一人で埼玉に帰ってきて、
その帰りの道中、一人で高速を走りながら、
あれこれと色々なことを考えるわけです。
結構昔のことなんかを思い出したりして。
10年。
なんとなく「一区切り」という感覚を覚えるもので
(ブランドについてのそれはやはり13年ですが)、
ふと10年前を思いながら、車を走らせた。
10年前。。。まだ20代半ば。
ちょうど色々なことがありすぎた年だった。
そして、今の自分が始まったと言っても過言ではない時間だったと思う。
それまでの自分は、今思えばただなんとなくで生きていたように思う。
SABBAT13を始めてはいたし、それに対しての情熱は確かにあったが、
それでどうなりたいとか、漠然とは思っていたものの、
はっきりとしたビジョンもなく、大きな理想をぼんやり思っていた。
「気持ち」はあるけど、それを支える何か大切なものというか、
「信念」が欠けていた。
柱がなけりゃ家も建たない、土台もなければその柱すら立たない。
そんな感じだった。
「なんのためにSABBAT13をやっているんだっけ」
そんな思いが生まれて、それに悩まされた。
今思えば実に小さく、自分としては情けないほど、
「悩み」などそんな大層なものではなかった(苦笑)
しかし当時の自分にとっては、なかなか大変なことだった。
とあるバンドとの出会いがきっかけで、
少しブランド名が知られ始めて、それまでよりも多くの人が見てくれるようになって、
それはとてもとても有り難く、嬉しいことだったが、
期待されることにしっかり応えていけるだろうかという不安も同時に感じた。
そう。僕はプレッシャーに弱い。ついでにメンタルも(苦笑)
そういう時に一人でやっているとうのは少々苦しいもので、
同じ立場で相談できる人がいなかった。
先輩方にも相談しづらく、一人で抱え込んでしまったのが
そもそもの間違いだったんだろう。
そのまま悩み続けて、まんまと鬱と診断されるに至った。
そんな時に出会った言葉は
「友達と仲間は違う」
という言葉。
その定義ははっきり決められているものでもないし、
ここでどうこう言うつもりはないけど、
友達ではない「仲間」。。。僕にはそう思える人は当時思い当たらなかった。
仲間が欲しくなった。
かといって、漫画のように仲間探しの旅に出るなんてことはしなかったが、
それまでの友人、その後できた友人には、ちょっとそんな意識を持ちながら
接するように自然となっていった。それは今でもそうだけど。
誰かに取っても自分は「仲間」でありたいとも思うようになった。
思えば、それが鬱を脱却する大きなきっかけだったと思う。
そうしているうちに自然と「仲間」と思える人間に出会えた。
彼に対しては今でも恩人と思っている。
初めて会ったのは10年前の年末頃。
向こうはSABBAT13のことも、僕のことも知っていて、
声をかけられて、少し話をして、後日飲みに行く約束をさせられた。
なかなか強引なやつだった。笑
しかし、嫌な気は全くしなかった。
そして年明けの1月3日(偶然にも13w)に改めて会い、
あれこれと話をした。
最初は気を遣いながらの会話だったと思うが、
気づけば僕は自分の悩みをぶちまけていた。
彼はそうするつもりもなかったんだろうけど、
自然とそうさせてくれてしまう、どこか不思議なやつだったんだと思う。
初めて他人にあんなに自分の心のうちを曝け出した。
ただ話を聞いてくれるだけではなく、意見を沢山くれた。
ほぼ初対面のくせにw やはり強引でイケイケなやつだったwww
ただそれがとても気持ちが良かった。
自分も彼のために何かできることがあればしてあげたい。
これが僕にとっての仲間の感覚であり、
そう思える初めての「仲間」だった。
類は友を呼ぶとはよく言ったもので、
しばらく経ってから、彼の仲間を紹介してくれた。
それがきっかけで今では仲間と思える人も増えた。
普段は照れくさくて「仲間だ」なんて言えなかったりもするけど、
俺はいつもそう思っている。
ただ、なかなかうまく行動に移せなかったり、
力になれずにいるのは悔しく、申し訳ないところである。
そんな仲間が大切になった。
仲間が見てくれていると思うととても心強かった。
こいつらにいいとこ見せようという気持ちが、
いつしかSABBAT13を続ける理由になっていって、
それはもちろん今でも。
一人でやっているけど、独りじゃなく思える。
感謝です。ありがとう。
またしばらくして、自分にとってはまさかの結婚という
人生の一大イベントがこの10年のうちに起こった。
結婚願望はさほどなく、それよりも好きなことをやって
一度きりの人生をなるべく楽しくしたいと思っていたし、
SABBAT13が自分の全てだとすら思っていたのに。。。
本当に人生とは何が起こるかわからないものだ。
仲間とは別にまた大切なものができた。
ありがたいことに、子どもまで授かり、
こんな俺でもパパと呼んでくれる。
俺でも家族をもたせてもらえた。
この「大切」もSABBAT13を支えるものである。
Familyの語源(?)は
F=father
and
M=mother
ILY=I Love Youの頭文字
という話を聞いたことがある(ステキ!)。
僕は夫として父親として、家族を守りたい。
ここ最近はとにかく家族が大切で仕方がない。
家族がこれほどまでに大切なものかと、実感しまくっている。
妻とはまぁ仲はいいほうだとは思うが、もちろん喧嘩もする。
めちゃくちゃムカつくことも多々ある。
多少の不満もある。けど、どうやっても大切だ。
一番近くにいてくれるから、なんか気恥ずかしくて
素直に感謝の気持ちも伝えられなかったりするが、いつも感謝している。
妻無くして俺は生きれる自信がなくなってしまった。
(恥ずかしすぎるので妻がこのブログを見ないことを願う(猛爆)
娘は言うまでもなく可愛い。
俺は毎日キュンキュンしている。
これから生まれてくる子もすでに可愛い。
お腹の中で暴れまくっているようで、妻は毎日苦しそうだがw
とにかく元気に生まれてきてくれることを願い、
先日の七夕では短冊にも書いた。2枚くらい。
守るものがあるというのは強くもなれるが、
時に臆病になることもある。
家族が傷ついたり、大変な思いをしたり、
失うことになるとしたら。。。と考えると怖い。
そんな弱気が仕事に影響することもある。
良くないとはわかっていながらも、
臆病な自分に負けてしまうこともあった。
しかし、それでは何も変わらない。
その方がよっぽど家族に迷惑をかける可能性もあるから、
最近はちょっとずつ変わろうと意識するようになった。
家族を言い訳にするのではなく、
「いい理由」にしたいと上手いことを考えてみたw
これは最近自分の年齢を考えてみて、
このままじゃまずいなと思ったこともある。
30半ばになると時間の経過が早く感じる。
これまでの10年と、この先の10年ではスピード感が全く違う気がするし、
これから自分は老いる一方で、仕事をしたくてもできなくなる可能性だってある。
そう思ったら結構焦ってきた。
この感じで行くと人生はあっという間だ。
残りの時間を自分のため、仲間のため、
そして家族のために最大限に生きたい。
10年前はこんなことは思わなかった。
いつ終わっても受け入れられると思っていたけど、
今はそんなことは全く思わない。
生きたい。
生きていて良かったと、この歳になって心底思う。
沢山の大切のおかげだ。
僕が生きる理由をもってくれている家族、仲間達、そして皆様に感謝。
そんなことを考えながらの東北道でした。
また10年後、何を思うかを楽しみに、
現在をここに書き留めておきます。
SABBAT13と全く関係のない文章でスミマセン。
ショウタロウ